地政学の視点から始めるグローバル投資入門

高める地政学の重要性

歴史的に、世界中の紛争や摩擦は、世界経済や金融市場に大きな影響を与えてきました。現在もそれは変わらず、ロシア、中東、中国、北朝鮮、メキシコ、ブラジルなど、世界の至るところで、様々なリスク要因が台頭しています。このような状況で地政学抜きには、世界の金融市場を語ることはできません。

世界の警察がいなくなった今、地政学の重要性が注目されています。2013年に、米国のオバマ大統領は、米国はもはや世界の警察ではない、と宣言しました。アフガン戦争やイラク戦争において、多くの米国の青年が戦死し、あるいは、兵士が帰還後に精神的な後遺症を抱えるなど、社会的なコストがあまりに大きかったからです。リーマン・ショックによって、米国経済が大きな打撃を受けて、財政赤字が膨れ上がったことも重要な要因です。

その結果、米国は外交安全保障戦略を大転換しています。これまで、米国とサウジアラビアは、強力な同盟関係にありました。しかし、サウジアラビアの原油生産割合は減少し、イラクやイランが台頭しつつあります。このため、米国にとってサウジアラビアの重要性は薄れています。サウジアラビアは、イランと国交を断絶するなど、関係が悪化しています。一方米国は、他の中東の国のイラクやイランとの関係修復を試みています。

かつてのように、米国の同盟国であるイスラエルを攻撃する国はなくなったので、米国が大規模な軍隊を派遣する必要もなくなりました。世界の国防費のうち、米国は36%を占めていて、圧倒的です。かつては、米国と世界の覇権を狙って競い合っていたロシアの国防費は、米国よりもはるかに少なく、また、中国も急増しているとはいえ、米国と比べるとはるかに見劣りします。

しかし、最近は米国も国防費を大きく削減しています。しかも、同盟国であるイギリス、フランス、ドイツ、日本も国防費を減らしています。一方で、地政学的リスクの高い地域である、中国、ロシア、サウジアラビアなどの国防費は増大しています。

世界の警察官がいなくなった弊害

世界的に大規模な戦争がなくなった代わりに、地域紛争やテロが頻発するようになりました。かつての世界では、核兵器を持つ米国とソ連両国が世界で覇権を狙って争い、その結果、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラン・イラク戦争など、多くの大規模な地域紛争が発生しました。しかし、最近では国家対国家のような大きな武力衝突は無くなりました。

一方で、IS掃討、ウクライナ内戦など、国家ではない勢力との武力衝突が増えています。また、2001年の米国同時多発テロのように新興国だけではなく、先進国においても世界の金融市場を揺るがす事件が起こっています。国家対国家の戦争であれば、長くは続かず、比較的決着は早く着きますが、政府組織ではない戦力同士の戦争は、容易に決着がつかないことが多々あります。

日本の金融市場も地政学的要因に影響される

日本は島国とはいえ他の国同様に地政学的要因で相場に影響が出ます。大きな下げ相場の時は必ずと言っていいほど、何らかの地政学的要因が関係しています。特に、中東や石油によって引き起こされた事件によって、世界の株価は大きく下落し、同時に日本株も大きく下落した例は無数にあります。日本は、石油消費のほとんどを輸入に依存しているため、石油価格高騰にはかなり敏感に反応します。

主な例として以下のものが挙げられます。これらは日本のみならず、世界中に強い影響を与えました。

第一次石油ショック

1973年の第四次中東戦争の結果、石油価格が高騰し、経済成長に湧いていた日本はその反動も相まってか、株価が急落しました。

第二次石油ショック

1979年のイラン革命の結果、石油価格が高騰しました。

バブル崩壊

1990年に、イラクがクウェートに侵攻し、翌年湾岸戦争が起きました。その結果として、世界のインフレ率と金利は大きく上昇し、世界的な景気後退に繋がり、同時にバブル崩壊が起こり、日本株は歴史的な大暴落を記録しました。

地政学とは何か

国際政治や安全保障において、地政学的要因はたいへん重要となります。要因としては、地理的位置、領土、地形、気候、人口、隣国との距離、エネルギー資源の有無、民族・宗教・文化の特色など様々な要因が挙げられます。

例えば、欧州大陸のドイツとフランスは隣国同士であり、歴史的に何度も戦ってきました。その点イギリスは、ドーバー海峡があるため、欧州大陸とは、政治、経済的に一定の距離を保ってきました。文化も法制度も、他の欧州の国々とは異なります。こうした地理的要因があったので、イギリスはEU離脱を真剣に考えることができました。

こうした地理的要因以外に、歴史や宗教、民族や文化の違いなどが加わってくると、地政学の分析は一段と複雑になります。距離的に近く、民族や宗教が異なると、仲良くするのは時にすごく難しくなります。

例えば、中東の大国同士であるイランとイラクは隣り合っていますが、大きな違いがいくつかあります。

  • 民族の違い・・・イランは、インド・ヨーロッパ語族のペルシャ人が大多数ですが、イラクはアラブ人が多数派閥です。
  • 宗教の違い・・・両国ともにイスラム教を信仰していますが、イランはシーア派が大多数を占め、イラクは、シーア派の方が人口に占める割合は多いが、長く独裁者として君臨してきたサダム・フセイン大統領など、国の中枢にスンニ派が多くいた時代がありました。

2016年初めに、サウジアラビアとイランが断行しました。これも根底には、シーア派のイラン対スンニ派のサウジアラビアという構図によって引き起こされました。世界の出来事には地政学的要因が必ずと言っていいほど関係しています。

米国の世界戦略

中国が台頭してきているとはいえ、依然として米国は世界一の先進国であり、世界最大の経済力と世界最強の軍事力を持っています。その米国のリーダーである大統領が誰になるかは、世界中に大きな影響を与えます。大統領は、国家の元首であり、行政府のトップ、軍の最高司令官です。副大統領とともに、4年ごとに選挙が実施されます。任期は4年で、一度だけ再任が可能です。最長の任期は8年ということになります。さらに、米国生まれの米国市民で、35歳以上、14年以上米国に在住している必要があります。大統領候補は各政党によって選出されます。

副大統領は大統領と同じ任期で、大統領が職務をすることができなくなった時に大統領を継承する権利を持つ他、上院の議長を決める権利があります。行政長官と議員の兼任は禁止されています。このため、各省庁のトップは、その分野の専門家を選ぶことができます。しかも主要な行政官ポストは、全て政治任用なので、大統領を支える親しいメンバーやその関係者がポストを得ることが多くあります。つまり、大統領を取り巻く身近な人たちで政権を担うというイメージです。よって、大統領が交代すると、政府の主要ポストのメンバーもほとんどが交代します。

以外と強くない大統領の権利

ニュースを流し見ていると、米国の大統領の権限はかなり強いように思えますが、実態は逆で、大統領の権限は以外と弱い。米国では、議会の権限かなり強いのが特徴です。大統領は、議会に法案を提出する権利もなければ、予算案を提出する権利もありません。これらに限っていえば、日本の首相よりもはるかに権限が少ない。

全ての立法権は、連邦議会に属し、税金の徴収、戦争の宣言などは、議会の権限です。大統領にできるのは、演説などによって、自分の方針を示し、それを反映した法案を作るよう呼びかけることはできます。しかし、法案の作成も、成立も、基本的には権限がありません。ですが、大統領は議会で可決された法案に対して、拒否権を発動できます。それに対し議会は、3分の2以上の可決票があれば法案を成立させられます。

そして、歴史的に大統領が交代すると政策が大きく転換し、世界情勢に大きな影響を与えることは多々あります。それは特に、外交や安全保障政策に大きく表れます。米国は、元来孤立主義を採用してきました。米国は1776年に独立宣言を行って以来、外交的に欧州から距離をとる政策をとってきました。

一方で、国際主義とは、米国が積極的に世界の安全保障や経済システムの構築に関与することが国益になると考える主義です。第一次世界大戦後に、国際連盟に加入しなかった米国が、第二次世界大戦後には国際連合設立を主導したのは、孤立主義から国際主義に転換したことを示します。欧州や日本などと軍事同盟を締結し、世界の警察官となりました。そして、再度孤立主義に回帰しつつあります。流れとしては、建国から第一次世界大戦までは、孤立主義、第二次世界大戦からイラク撤退までは国際主義、そして、現在は孤立主義になっています。

オバマ政権で、米国はもはや世界の警察官ではない、として、アフガニスタン、イラクから駐留米軍のほとんどを撤退させ、軍事費を大きく削減しました。さらに、キューバと国交を回復し、イランに対する経済制裁解除を成し遂げました。

2010年には、米国とロシアは、侵略兵器削減条約を締結しました。米国とロシアで世界の核兵器のほとんどを持っていますが、オバマ大統領は、究極的に核兵器のない世界を目指すとの立場を示し、ノーベル平和賞を受賞しました。さらに、2013年には、米国の配備済み核兵器のうち、最大3分の1の削減に向け、ロシアと交渉を行うことを表明しました。

地政学リスクで揺れる世界の金融市場

世界的に金利は、長期低下傾向にあります。その理由は、世界的なインフレ率の低下。理由は主に、グローバリゼーションとIT化の革新によってです。現在世界中からもっとも安いものをインターネットから注文することができます。また、低い賃金を求めて、企業が世界中に進出しています。IT化は、あらゆるコストを減らします。

もう一つの理由は、世界的な経済成長率の低下です。世界最大の経済規模を持つ米国の経済成長率は鈍化し、ギリシャショック後の欧州は未だ低迷を続けています。

また、金融政策に依存した経済政策も理由です。リーマンショック後、主要経済国の財政赤字が膨らみ、財政政策を発動することが難しくなりました。ですので、金融緩和に過度に依存した経済運営をせざるを得ない状況になっています。

日本の金利はどうか

日本も同じ道を辿り、金利が下がってきています。日本がゼロ金利になったのは、1990年代後半のことです。バブル崩壊後、金融ショックが発動しました。そして、その後も世界のあちこちで銀行や企業が破綻して、世界的な金融危機が発動しました。当時は、ゼロ金利もショックが落ち着けば、戻るだろうと楽観的に見られていましたが、2001年から2006年で日本経済は市場最長の景気拡大期間を記録しましたが、ゼロ金利から脱却することはできませんでした。しかし、2016年に日本銀行がマイナス金利を導入したことにより、ゼロ金利は終わりを迎えました。

これは、これまでの当座預金のほとんどに利息はつくが、今後の追加分は銀行側が逆に利息を払うことになる。もし、銀行が国債を売った代金を日銀に預けると、事実上の罰金が付きます。銀行は罰金がつくくらいなら民間に貸し出すだろう、というのが日銀の狙いです。

個人投資家はどう備えるか

世界の株式市場は、国・地域別のパフォーマンスを確認すると、各国低迷期を脱却して、回復に向かっているものの、地政学的リスクがいつ爆発するかはわからない。一方、欧州にもマイナス金利を導入したことから、日本及び日本以外の国債のリターンはプラス、不動産投資信託も日米でプラスのリターンとなっています。このほか、コモディティーでは、金価格が回復の兆しを見せ始めています。

こうした状況から投資家は、株式などによる大幅なキャピタルゲインよりも、流動性が高く、財務も健全で信頼度が高く、配当金や配当金の原資が安定的に成長することに注目する傾向が高まっています。

地政学的リスクは、地理的要因がグローバルな安全保障や経済に与える影響に起因して発生しているが、それは宗教や民族、文化、地理的要衝などに関わることだけではなく、各国の内政や技術進捗がもたらす所得格差の拡大など、制度や社会の歪みと共鳴しているとの視点が重要です。すなわちグローバルに変化してきている市場のトレンドが、市場の将来への期待値や変動率に強い影響を与え始めていると考えることが、現在のマーケットの動きを理解し、自分の資産を守り、増やしていくために大切なことになってくると思います。

トレンドの変化は、国際政治情勢の不安定化が代表に挙げられます。内向きになった米国、それに伴うロシア、中国の台頭、世界の政治経済の軸が揺らぐことにより、国際協調も不安定となり、国際政治情勢が安定しなくなってきました。イギリスがEU離脱を進める中、ドイツ・フランスにおいても右派が勢力を増やしてきており、欧米でポピュリズムが強まる兆しはあっても弱まることはないでしょう。外交がおざなりになれば、TPPの混迷やサウジアラビアとイランの対立、トルコの情勢など、ロシアや中国に隙を見せ続けることになり、欧米間の団結にも亀裂が入りかねません。

金融政策の限界もまた注目すべき点です。世界的にバランスシート調整がなども繰り返される一因は、特に製造業を中心に需要と供給の関係において、供給過剰が拡大していることが指摘されています。こうした状況では、金融政策による景気の押し上げに依存せざるを得なくなり、段階的な金利低下がいずれバブルを発生させ、信用サイクルの反転時に大規模な金融ショックをもたらしてきました。

加えてこうした過剰な金融緩和は、金融資産を持つものと持たざる者との格差を助長してきました。そこに産業や就労構造の変化も重なり、中間層がいなくなるという先進国共通の自体を引き起こしています。これは、所得階級による教育の不平等をもたらし、所得層の固定化を強めるという悪循環になっています。

こうした閉塞感が世界で共有されることで、旧中間層による政界への不信感を強めさせる原因になり、これがポピュリズムを助長し、政権を内政重視にさせ、地政学的リスクや外交面での緊張を高めることにも繋がっています。そもそも、金融政策は雇用や物価の安定を目的としていて、バブル崩壊の防止や所得再配分に関する政策には限界があるのです。そうした中で現在のようにマイナス金利を導入する国が拡大している状況ではインフレか出口政策への不信などから、どこか国債バブルに打撃が加わった時に対する備えも考えておく必要があります。

 

1高まる地政学の重要性 2米国の世界戦略 3地政学リスクで揺れる世界の金融市場 4個人投資家はどう備えるか

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